トーテムポーる

トーテムポーるはじめました

「いってきまぁす。」
誰にというわけでもなくそういって玄関のドアの鍵を締めた。
今日から新学期、夏休みも終った。
ほとんどをネットゲームをして過ごしたこの夏は暑かったのかどうかも良くわからない。
「ああ。」
胃がいたい。
新しい学校に初めて通うので緊張しているのかも知れないが、それ以前にいつも学校にいこうというときはこんな感じだ。
そもそも集団生活そのものが苦痛でたまらなかった。

初めての、いや、編入試験の時にも通ったのだから2度目の通学路は、その見なれない光景は、無駄に多い情報量で進藤鉄也の困惑を助長した。
道を進むにつれて学校の制服を着た人も見受けられるようになってきた。
これから通うことになる日比熊南高校というところは指定制服はあるが1年生以外は任意の服装での通学が許されているという少し変わった学校である。
鉄也は2年生からの編入なので制服を買ったわけもなく私服での登校である。
「…」
女子生徒は制服を着ている人の割合が多いような気がした。
ふと後ろを振り返ってみるとそこにも制服を着た女子生徒がいた。
彼女はさも眠そうに大あくびをしていた。
と、鉄也が見ていたのに気づいたらしく、それを悟った鉄也は見ていないそぶりをしようとした。
ちょうどその時であった。
砂煙を立てながらドカドカとものすごい勢いで何かが近付いてきた。
「あかざわひかりっ、しずめぇぇぇ!!!」
Σ(゜д゜;)
先ほどのあくびの女子生徒の姿が、急に靴の裏のパターンと入れ替わり、それが鉄也の視界を覆った。
次の瞬間鉄也はブッ倒れて気を失った。
俺は進藤 鉄也。
時刻はもうすぐ午前零時、ネットゲーム"WindRace"のベータテストが始まる時間だ。
自分でいうのも何だがこのゲームではChrisという名でちょっとした有名人だ。
まあ、四六時中やっているのだから人よりも進むのは当たり前か。
その代わり現実世界では単なるひきこもりだ。
おかげで高校留年という失態を犯してしまった。
理由は出席日数が足りなかったかららしい。
俺は何も感じなかったが家族はさすがに戸惑ったようだった。
結局父の単身赴任先にある高校に転入することになった。
来週には引っ越しを控えている。

「Chris、そろそろいきましょうか。0時よ。」
そう言ったのはRayLa、自称ネカマだ。
「ああ。」
これから今回のベータテストのために用意されたエリアに二人で行くことにしていた。
行くといってももちろんゲーム上の話だ。
今日のベータテストにははじめは参加するつもりはなかったが、彼女の誘いを断り切れずに結局参加することになってしまった。

このゲームは現実の時刻が反映されているので今はゲーム上でも深夜、真っ暗だ。
暗闇専用のアイテムや、夜にしか出てこないモンスターもいる。
なかなか凝った演出だ。
途中ナイトツアーの団体や他のイベントに行く連中にもあったが今回のベータテストのエリアに向かう連中には全くといっていいほど出会わなかった。
通常のベータテストならこんなのとは比べ物にならないくらいごったがえすものなのに。
やはりカジノパーティーと重なったからだろうか。
俺もはじめはそっちに行く予定だった。
何でも今日の景品には超レアな逸品が出るらしかったからである。
ゲームの製作者はこのベータテストで負荷がかかることを避けたいのだろうか。
だとしたらそれでベータテストになるのだろうか。

しばらくして何もない平原らしきところについた。
どういう地形になっているのかはランプがあっても薄暗くて詳しくはわからない。

ふと物音がした。
「出たかっ。」
「」
「BETA-0?」
照らされたキャラクターの名前は確かにそうなっている。
コンピュータプレイヤーかどうかはステータス欄を見ればすぐ判別できる。
そのキャラクターのステータス欄にはそれを示す"COM"という表示があった。
「」
「セリフ無しか。」
「返って不気味さがあるわね。」
「そういう狙いなのかねぇ。」
何をしてくるのか予測できないのでとりあえず遠隔攻撃で様子を見る。
「ん?」
「あ。」
「あれ?」
あれよあれよという間に攻撃が決まってそのCOMは倒れた。
「何かあっけなかったわね。」
「気持ち悪いくらいだ。抵抗の気配すら感じられなかった。」
「うん。なんていうかデク相手に戦ってた感じ。」
「普通ベータテストっていってももうちょっと強いのが出てくるモンだよなぁ。」

その後もしばらくそのエリアを回ってみたが何もなかった。
ただ同様のCOMが何体か出てきただけだった。
かなり奇妙に感じたがそれ以上は何もなさそうだったので町に帰ることにした。
RayLaはその後すぐに抜けた。
俺はイベントのあったカジノにいってみたが景品はそれほど俺にとっては魅力的なものではなかったらしい。
途中顔見知りのIndraというプレイヤーが、俺がベータテストに行ってきたといったら興味津津で話を聞いてきたのが印象的だった。
一通り行きつけの場所をまわって、その後まもなくゲームから抜けて寝た。
作業服を着た男が言った。
「零時からからいよいよベータテストだな。」
白いTシャツ姿の男が答えて言う。
「ええ、今度のはひと味違いますよ。」
作業服の男は40代半ばだろうか。
「ヘェ、どこが変わったんだよ。」
20代後半と思しきTシャツ姿の男は嬉しそうに答えた。
「COMの思考エンジンを学習型AIにしてみました。」
彼のTシャツには意味のない英文が書かれている。
作業服の男は呆れ顔で言った。
「っていうと、段々学習して強くなるわけだな。」
ゲーム業界でそう言ったものはタブーに近いことを良く知っていた。
おとぎ話である。
「そうなんです。」
その即答に本物の何かを感じた。
どうやらパラメーターを変化させるなどといった単純なものではないようだ。

彼はここ7年間、専ら社内のコンピュータの管理と言うものをやってきたが本人曰く窓際同然だったらしい。
理由はこの会社でのシステム・アドミニストレーターと呼ばれる仕事はパソコンのトラブルを処理すると言うのが主だった業務だったからだ。
しかし、ここ2、3年は様子が違うようだ。
と言うのもインターネットの普及に伴うサーバー管理業務増加による人員補填にみられるようにようやく日の目を見ることになったことと、社内のあるプログラマーが作ったネットゲームのサーバー管理専門スタッフに抜擢されたということでようやくやりがいというものを感じられるようになったからだ。
その社内のあるプログラマーと言うのが例の白いTシャツ姿の男である。
「一応さ、俺、システムの管理者だから聞いておくけど、SFみたいなことにはならないよな。」
「あはは、まさか、そんなことは起こりませんよ。」
起こっては困る。
「それにテストだって十分重ねてあります。」
「ま、信用するしかないわけだが。」
「ただ、ちょっと小耳にはさんだ話だと、千堂室長が強引に今回の開発を押し進めたってことだが。」
Tシャツ姿の男がこの会社でアルバイトをしていた時、仕事をさぼりつつ製作し、フリーで公開していたゲームに目をつけて会社のものとして売り出そうと言ったのがその千堂室長である。
「あの人ってどうもうさんくさい気がして好きになれないな。」
「僕もです。」
二人ともその人のおかげで今の自分があるということはわかっていたが、どうも好きにはなれなかった。
「ただ、あの人のおかげで予算が確保されて業界でも他に類を見ないシステムが完成したわけで。」
屋上から見上げた空には星がない。
都会の夏の夜空はそんなものである。
「あまり文句はいえないというか。」
「キミら、開発者はそういうのに目がないからな。」
さっきまでついていたホテルの屋上のビアガーデンの灯がいつの間にか消えていた。
「しまいにゃ専用ハードウェアまで作ってしまって。」
「なんでも、今回のベータテストの結果如何でこのAIシステムの市場提供が決まるとか。」
「え、そんなの聞いてないぜ、製品として世に出すなんざ。」
思わずふりむいていった。
「そのためにわざわざボード化されているんですよ。」
言葉が出ない。
「室長はそういって予算をふんだくったみたいですから。」
呆れるしかない。
「おれはただ単にソフトだと十分なパフォーマンスが出ないからだと思ってたよ。」
「もちろんそうなんです、こいつがAIの中枢になってますから。」
「専用品ばっかり投入されるとこっちは迷惑なんだがな。」
あまり良い批判の言葉も浮かばず、そう言った。
「済みませんね。」
苦笑いしながら腕時計に目をやると11時を回っていた。
「あ、そろそろ時間ですよ。」
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